コラム 勇者アーキテクト2が2バージョンになった話


2018/12/08


この記事は「Board Game Design Advent Calendar 2018」の8日目の記事として書いてます。

どうも、サークル「コップレジェンド」の翠丸です。
地方でゲーム制作していまして、近年の作品は
精霊回路ドライヴEXE」「勇者アーキテクト2B・2R」「ポプボブ」当りです。

今回はエントリー時点で「テキスト系ゲームの注意点」みたいなこと書こうと思ってましたが、
そういう話は既に過去にありそうなので、
ちょっと趣きを変えて
「なぜ「勇者アーキテクト2」で2Bと2Rという2つのバージョンを作ることになったか、その結果がどうだったか」
これは、苦難の道を切り開いた男の戦いの物語である、的な話をしようと思います。


(デーンデーンデンデデーン♪ デーンデーンデンデデーン♪ プロジェクッ エーックス!)


勇者をアーキテクトする

お題目にあるこの勇者アーキテクトというゲームについて簡単な説明をしますと、
まず、ジャンルはLCG(Living Card Game)になります。

LCGとは、TCG(Trading Card Game)と基本は同じで、様々な固有のカードによるデッキ構築を核としたシステムです。
ただ大きく異なるのが、TCGのように封入されているものがランダムでなく
1パッケージだけで内容物が完結している、というのが特徴です。
トレードしないTCGだと思っていただければ。
メジャーなところでは
「桜降る代に決闘を」
「スマッシュアップ」
「アンドロイド:ネットランナー」
などが該当します。

この作品でプレイヤーは、種族や武器を選択して自分のキャラクターを作成し、
その選んだカテゴリーごとにカードセットを組み合わせてデッキとキャラシートを作ります
そのキャラクターをデッキとシートを使って操って、フィールド上のボスキャラクターと戦闘を繰り広げる、
という協力ゲームとなっています。

この作品を制作して最初に世に出たのが2016年のゲムマ神戸
このときは160部作成し、ゲムマ当日は持ち込み分の100部完売。
残りの60部も委託販売で早々に無くなり、再販を望む声が多く届きました。
普通なら「よっしゃ任せろ!」と喜んで再販するところですが、
この作品は一つ大きな問題を抱えていました。


所詮奴の原価率は最弱…

それは勇者アーキテクト無印の原価率は9割5分近くという驚くべき採算性の悪さ。
2018年12月時点での消費税8%よりも低い数字です。
ゲムマ会場での頒布価格は4500円ですが、1個売れても300円の利益
交通費や送料、イベント参加費等を考慮すれば完売してちょうどトントンくらいです。

これが製作費5万円くらいならまだ良いんですが、
印刷費・素材等々70万掛かってこの状況はかなりリスク高めです。
高めというか、完売でトントンなら金額面ではリスクしかない
真似たらダメな数字です。ダメ絶対

ちなみに、別作品の精霊回路ドライヴが順調でそちらの売り上げから作ったということもあり、
いきなり資金マイナススタートという捨て身の制作ではないので、
これからゲームを作ろうという方々は本当にマネしないでください。

ただ、部数を多く刷れば原価率は薄まるので、今思えばもうちょっと刷れば良かったかなぁと思います。
もちろんその分リスクはより大きくなりますが…。
でも当時は精霊回路ドライヴの再販作業にも追われて、そっちの方で拡張込みで1600部分(400×4)発注してたので、
あまり物が増えても一人じゃ梱包が追いつかないし印刷代も高いし何よりまだ実績のない新作だし…
ってことで、精霊回路ドライヴの1/10で160部という今思えばなんか中途半端な部数で発注しました。

そしてゲムマ前になっていざ価格設定するときになると
「5000円にしたいけど、同人作品に5000円台は高いのではなかろうか…。大台乗っちゃってるし…」と思い、
原価率が悪いと分かっていながらギリギリのラインとして設定した数字が4500円でした。

完売したから良かったものの、ゲムマが終わってある程度冷静になってくると、
「こりゃアカン!リスク高すぎて再販ムリ!」
ってことを自覚できました。
そしてこの原価率の悪さを解消すべくあれこれ考え、
ポクポクチーンと最終的にひねり出した案が「2つのバージョン作る」でした。


誰もが持ってる ふたつの見えない器

「2つのバージョンを作る」
これはつまり1つのゲームを2つに分割すれば、
たとえば分割前の1つ当りの原価が5000円だとすると、
分割後は1つ当りの原価が実質半分の2500円となり、
値段を7000円じゃなくて半分の3500円という手の届きやすい値段設定にできる、という算段です。
(あくまですこぶる単純計算です)

考えついたときは「これぞ天啓!」と思ったものでした。

原価率の解決が(自分の中で)見えたことで制作が再スタートしたのですが、
無印版のキャラクター総数が奇数だったこともあり、
そのままでは2バージョンにうまく分けられないなどの問題がありました。
なので要素の追加&ブラッシュアップ、ついでに色々見直しなど大幅に手を入れることになり、
無印の2分割でなく勇者アーキテクト2という新規作品の2分割
つまり勇者アーキテクト2B勇者アーキテクト2Rという2つのバージョンが産まれることになったのです。

ちなみにこのバージョン違いというのは、
パンデミックレガシーの赤箱・青箱のような「箱は違うけど中身は同じ」ではなく、
「共通サプライ以外の内容物全てが異なる」というものになっています。

ざっくり説明しますと、
ゲーム全体でキャラメイク用カードが種族8種類・武器10種類・他様々なものを、
各バージョンで種族4種類・武器5種類…といったように、
それぞれカテゴリーごとに半分ずつにして各バージョンに収録しています。
各バージョン単独で遊べて、かつ混ぜるとさらにキャラメイクの選択肢が増やせるという仕様です。


うき世舞台のあぜ道は 表もあれば裏もある

このような経緯で作られた勇者アーキテクト2B・2Rですが、
バージョン違いを作った結果、
実際にどういったメリットデメリットがあったかを
ここから一気に振り返ってみたいと思います。



メリット1:原価率の多少の改善?

本来の目的である原価率の解消は若干ですが達成できました。
とはいえ、9割5分近くから8割になった程度で、依然リスクは高めでしたが。

しかしこの数字、実は2バージョン作って原価率下げられたから、
というより単純に部数を多く作ったことに起因しています。
今回は2バージョンで各300部、合計で600部制作なので、前作の3.75倍の部数を作ってます。
そりゃあ印刷代も薄まります。

一方で箱やマニュアル、共通サプライなどは分割することで倍の部数が必要となり、箱用のイラストも2つ分発注する必要があります。
その分1つ当りの原価は少し上がってしまいます。
ついでに言えば調子に乗って想定より新規カード・イラストを追加し過ぎてその分原価も上がってしまいました
600部で原価率8割は実は前作以上に危ない数字です。

特にゲムマ2017神戸では例年と違い予約を取らなかったので事前に数字が読めず、
しかも告知してもTwitter上での反応が薄かったため、
ゲムマ当日の開幕直後まで爆死を覚悟してました。

ふたを開けてみたらありがたいことに大盛況で爆死は逃れられましたが、
実は午前中完売したゲムマ当日の、一見大勝利に見えたあの段階でもまだ全然黒字に転化してないという
かなりのハードモードだったのです。
もしあそこでうっかり爆死していたらボドゲ制作界隈でもまれに見る大惨事になってたと思うと身が縮こまります。

ん?
あれ?
…メリットって?


メリット2:1個当りの単価の減少

2バージョン制作の恩恵は制作者視点より、むしろユーザー側の
「1個単価が下がって購入のハードルが下がった」
という点の方が意味があるかもしれません。

結局前作と比べると500円しか下がってませんが、
全部ひっくるめて8000円と考えると、取りあえず片方(4000円)だけでも…と手が出しやすくはなっていると思います。

…が、実はこれも正直微妙で、
ゲムマ会場ではほとんどの人が2バージョンをセットで購入されていきました。 それこそ95%くらい。
少なくともゲムマという場では2バージョンはほぼ意味が無かったです。
むしろ品数が多い分、お会計と袋詰めが面倒なことに。

しかしゲムマでなく委託販売では分割したことで手に取りやすいというのはあったのではないかと思います。
何せゲムマ価格が4000円のものを委託すると店頭では6000円近くになります。
諭吉ソロプレイでも2つは買えません
なのでもっと母数が大きく、長期的に観測できていれば
2バージョン両方が同じように買われるのでなく、
恐らくは偏りが発生していただろうと思います。


デリット1:制作・管理が面倒

もう折り返してデメリットです。
早い!
というかもうデメリットが既に顔だしてましたが気のせいです。

デメリットのトップバッターは実にシンプルです。
データ制作のときも、
印刷発注のときも、
丁合のときも、
梱包のときも、
ゲムマ当日も、
委託のときも、
清算のときも、
2バージョンあるともう色々とややこしいし面倒です。

加えてこのゲムマ神戸2017のときは、
勇者アーキテクト2B2R以外に「精霊回路ドライヴ」の新拡張+ストレージボックス、
さらに新作の「アローーーラ」と、やたら制作物が多くて、
今思うとよく一人でやりくりしてたなぁと思います。

ちなみに当時の心境としては「アローーーラ」は
ゲーム制作の息抜きとして作ったゲーム
みたいなところがあります。(ボドゲ製作者あるある)
この「ゲームが夢見たゲーム」のキャッチフレーズの対極にある感じ。
なので色々勢いだけで好き勝手やって、ルールの穴も埋め切れてない感がありました。


デリット2:内容物の梱包ミスが多発

申し訳ないことに、ゲムマ後・委託販売後にゲーム購入者から
「内容物に違うものが入っている」という連絡が10セット分ほどあり、
正しいものを後日郵便で発送してフォローしました。

主に、駒類を別バージョンのものを封入してしまう間違いが多かったです。
ゲムマで折角2バージョン買っても駒が片方のバージョンのみ2つあったらそりゃあ困りますよね。

今回カードは印刷所で丁合してもらっていますが、
それ以外の内容物については全て自前で丁合を行いました。
カード以外にシート類、チップ、駒など物が多く、
(やることが…やることが多い…!!)
しかもバージョンごとにそれらの大半が異なるため、ミスが起き易い状況だったと言えます。

ちなみに無印(2016年)のときから梱包時に1箱1箱をデジタル秤で重量を測るようにしています。
この手法で内容物の封入忘れ自体はほぼ回避できるんですが、
この作品で起きたように別バージョンのものが同じ数だけ入れ替わっている場合には分かりません。

考えてみると当たり前なんですが、
2バージョン作るということは印刷以降の段階では実質2作品を平行して作るようなもので、
全体的な作業量がその分増えて煩雑になるので、余計にミスが多くなるという…。
本当に、2バージョンというのは間違いのもとです。


デリット3:ゲムマ新作アンケート評価の…

予想外&大変ありがたいことに、
ゲムマ2017神戸の新作評価アンケートで2バージョンがそれぞれ1位2位を頂きました

前述のようにゲムマ当日では2バージョンがほぼセットで買われていたので
2つの評価が横並びになるも然りなのですが、
制作後半~在庫が無くなるゲムマ後1ヶ月程度までは作業量が半端なく、
アンケート評価のことを考える余裕もなかったので、
まさか1位2位を頂けるとは思ってもおらず、
「あー2バージョンあるとこういうことになるのね」という、嬉しさ以上に謎の感慨が湧きました。

しかし一方で、このバージョン別で上位2つを占めてしまったため、上位から落ちて選外になった作品もありました。
勇者アーキテクト2Bと2Rは前述のように収録の大半が異なり、
単独で遊べるので別作品といえば別作品なんですが、
それで選外になる作品がでるならアンケートでは1作品分の扱いでも良かったかなと。

ということでアンケート結果公開後にその旨
(バージョン別をまとめて1作品として扱って、選外作品を繰り上げてもらって構いません的なこと)
をゲームマーケット事務局にメールしたのですが、
その後別段に変更はありませんでした。
集計・発表後にルール変更して上位に変動があるとその分対応も手間も大変だし、つまり余分なコストもかかると思うので、
それはそれで仕方がないと思います。

気にしなくていいといえばそれまでなんですが、
申し訳ないというような何となくもにょっとした気持ちを少し引き摺ることになりました。



これで総括?

ということで、
全体的にメリットが実感しにくい割りにデメリットが多め
という散々な結果となりました。

当初の想定と違い、原価を下げることにはあまり意味がなかったと言わざるをえませんし、
結果だけ見れば1作品8000円でも問題なかったかもしれません。

ただ、今回は結果に出なかっただけで4000円×2と単体8000円なら心理的な部分ではやはり大きく違うと思います。
条件が違えば結果もまた違ったものになるだろうと考えられます。
なので一概に2バージョン作るのが悪手だとは言い切れませんし、
今回もそれを思いついたから勇者アーキテクト2というゲームが出来た訳で、
イケると思ったアイデアは取り合えずやってみるというのは大事です。


ただ1点、単純に作業が面倒なので2バージョン作戦は本当にお薦めしません



(ヘーッドラァーイ♪ テールラァァーイ♪ 旅はーまだ 終わらーないー)END